数日前のある朝のこと。
夫がわたしに、会社に持っていくための水筒にお茶を入れてほしいと言ってきたんですね。
わたしってばそれにイラッとしちゃったもんで、少々の嫌味を添えて、でも準備をしてあげたんですけれども、夫がふざけて長男ムゥに「ムゥ助けて〜ママが怒ってる〜」とか言うたんですよ。
そこまではまあ、わたし的には微笑ましいというか、べつにそんな、ねぇ?
ホームドラマじゃないですか。
そのシーンをね、突然今日なんかの話の流れでムゥに蒸し返されたんですよ。
ムゥ「あのとき、どうしてママは怒ってたの?」
わたし「えー?だってパパの水筒なのに自分で用意しなかったからだよ」
ムゥ「パパかわいそう」
・・・ほう?
わたし「パパかわいそう?どうして?」
ムゥ「だってパパは忙しいのに」
わたし「うーん確かに。でもママだって忙しいよ?」
ムゥ「うん。でも・・・パパは会社に行かないといけないのに」
ほう?
オーケーオーケー。
youなかなか結構な価値観を持っているじゃないか。
あ、一応言っておくけど、きみって令和生まれね?
まーでも100歩譲って、わたしってばいま育休中なもんで、仕事に行く夫にお茶ぐらい用意してあげたらいいとは思うんですよね。たしかに。

100歩譲らなくてもそうかもしれない
ただね、こちらにも言い分はあるってもんで。
あの日の朝、夫はアラームを10分おきに三十分かけて四回にわたり鳴らしつづけ、それでも起きなかったのです。
しかもね、これ、実際は朝の六時に起きれば充分間に合うところを、自分が一発では起きられないからという理由で五時半から自己中エンドレススヌーズをかましているんですよ。
これがもー
まじでストレス!!
疲れていると言えば疲れているんだろうけれど、前日の晩に遅くまでゲームやってたこと知ってるからな?
それで結局六時けっこう過ぎに起き、バスの時間に間に合わないからとバタバタバタバタ、お茶を入れてくれと頼んできたそのときのわたしと言えば、泣いている次男スゥを放置しながらムゥの朝食を準備中。
嫌味のひとつも言いたくなりません?
「あと10分早く起きてたら自分で入れれたんちゃうんか」
自分がバタバタしてるんは、おんどりゃーが悪いんちゃうかと。
まあでも夫も自分に否があることをわかっているんで、ヘラヘラっと「ムゥ助けて〜」になったという、言わば半分ふざけていただけというか、じゃれていたというかなんというか。
言わせんなよ恥ずかしい///

あと、半分は普通に怒ってるからな?
とにかく、そういう経緯のものだったのです。
多角的に物事を見るというのは大人でも難しいけどね
そういう出来事のことをね、ムゥから「ママってひどい!パパかわいそう!」と糾弾されたわけなんですけども、なんていうか、この息子の視野の狭さがおもしろいなって思うんですよ。
あのー、カラスっていうのは人間でいうと6〜8歳ぐらいの知能らしいんですけれど、長男ムゥ6歳、いまだカラスと同等かカラスにも劣る思考力。
生後六年で培った自分の価値観でもって一生懸命わたしのことを責め、パパのことを擁護しているんですよね。
カーカーと鳴いているんです。
なんと愛おしいことか。
子育ての醍醐味は、子どもの成長を間近でリアルタイムに見られるっていうことだと思うのですが、わたしは息子の「価値観のアップデート」の瞬間をすごく楽しみにしているんですよね。
いつ気づきを得て、どのように思考していくのか。
そういうのが見られるのって、すごくおもしろいなーと思うのです。
ぼくのひとりごとを聞かないで
わたしにはもう一つ、ひそかに楽しみにしていることがありまして。
ムゥってここ一年ほど「自分の遊んでいる姿を親に見られたくない」と思うようになったみたいでね。

これも成長だよね〜
リビングの一角に畳コーナーがあるんですけど、そこはいまはムゥのおもちゃコーナーになっていて、言わばムゥの部屋みたいになっているんですが、
そこへ行ってレゴのお人形やロボット、怪獣なんかを使って遊ぶときは決まって「今からぼくのことを見ないで。音も聞かないで」と宣言するんです。
はじめてそう宣言されたときは
見ないようにはできるけど、音・・・?え、無理じゃね?
と思ったもののとりあえず「わかったよー」と返事をすると安心して遊びだしたんです。
以来、彼は一人遊びをしたいときは決まり文句のように必ず「見ないで、音も聞かないで」と言い、ヒソヒソ声で「ぶしゅー!ぎゃー!うわあああ!」とか言いながら遊び出すんですけどね。
これ、いつ気づくんだろう。
音は無理じゃね?って。
でもこれね、本人も音を完全に遮断してもらってると思っているわけではないようなんです。
だって遊びの最中に普通に「ねぇねぇママー」って話しかけてきて、それに返事をしないと逆に怒るんですよ。
つまり、わたしの耳を一時的にシャットダウンしろと言っているわけではなくて、聞かないでくれと言えばママは聞かないようにしてくれるだろうという、わたしの善意を信じきっているってことなんですよね。
えっとー
ママはそこまで良い人間ではないので、めちゃくちゃ聞いてますけどね。
でもきっとまだわからない。
悪意をもち、「開けないで」とお願いした引き出しをわざわざ開いて鍵付きの日記を見てくるような人間がいるということを、まだ知らないんです。
なんと愛おしい存在か。
(母親との信頼関係とか、精神的な自立とか、そういうのも影響していると思うので一概には言えないと思うんですけども)
わたしはいつ彼が部屋に鍵をつけてくれと言い出すのかと楽しみにしているのです。
お願いされたら、その日はお赤飯たいちゃう。
ただし部屋に鍵はつけない主義ですがね。
大きく育てよカラスの子
ムゥは来年には七歳、七つの子になります。
小学生になり、どんどん世界が広がっていく。
いろんな人間関係の中でいろんな衝撃に出会い、悩み考え自己を形成していくんですよね。
それを一番近くで見て、ときに一緒に考え、ともに学び、そして彼が成長してく姿を見ながらわたしは老いていくのです。
なんと幸せなことか。
わたしはそれが楽しみで、なんだったらいまもう楽しんでいます。
いつ気づきを得て、どのように思考していくのか。
いつ、もしかしてママも忙しかったんじゃない?と思うのか。
最終的に選び取る意見は、人道にもとらなければなんだっていいんです。
いつか大きくなったムゥに、忘れちゃっているだろうけれど、あのときの水筒の件ってどう思う?と聞いてみたい。
それでもやっぱり「あれはオカンが悪い」と言われた日にゃー
あれですよ
あれ
夫の髪の毛をむしり取るしかないかー(その頃には無いかもしれない)。
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